本当に、これで良いのでしょうか

 

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　江口　滉　(京都嵯峨芸術大学)

 

　教育基本法が改められました。戦後のある時期から、歴代の内閣が「どうにかして改めたい」と思い続けていながら、なかなか手がつけられなかった課題でした。安倍内閣が発足した途端、「アッ」という間に国会を通過してしまったという感じがしました。安倍首相にとって、教育の問題は、最重要課題の一つなんだそうですが、それにしても手際の良さには驚きました。この法律が、改められようとしていた動きに対して、全国の260余りの市町村議会から「反対」または「慎重に」と言う意見書が提出されていたのです。

また、タウンミーティングで「やらせ」があったそうですね。しかも日当まで支払われていたようですね。だけど、これらのことについて、今では誰も何も発言しませんね。

　新しく成立した法律には、「民主的」「正義」「道徳心」などという言葉がちりばめられていますね。だけど、これらの言葉が空々しく見えませんか。

　ところで、新旧二つの法律を読み比べてみて、分量は増えましたが、内容にはそれほど大きな差はないように思います。何故あれほど急いで改めなければならなかったのでしょうか。それにしても、「憲法と教育基本法を守らなければならない」と言いつづけていた教育関係者や野党の皆さんが、黙り込んでしまったのは何故なんでしょうね。

これで、本当に良いのでしょうか。

 

　大急ぎといえば、教育再生会議も、中央教育審議会も、なんだか大わらわですね。昨年の秋に組織されたばかりの教育再生会議は、ずいぶん精力的に会議を続けて、一月の下旬に第一次報告書が出されましたね。私はこの報告書を読んで、「基本的な考え方」の部分に大変驚きました。

今日の学校教育は、学力低下や未履修問題、いじめや不登校、校内暴力、学級崩壊、指導力不足の教員、「事なかれ主義」とも言われる学校や教育委員会の責任体制のあいまいさ、高等教育の国際競争力の低迷など、極めて深刻な状況も見られます。なかでも、今日の学校は、特に多くの公立学校が、「しっかりと学力を付けて欲しい。いじめや校内暴力のない安心して勉強できる学校であって欲しい」といった保護者の切実な願いにきちんと応えているとは言えず、「公教育の機能不全」と言っても過言ではありません。

　本当にそうなのでしょうか。

この会議のメンバーの中には、学校の現状を良く知っている方々も居られるはずですね。なのに、何故こんなことを平気で言えるのでしょう。極一部には、指摘されているような問題を抱えている学校もあるでしょう。しかし、大部分の学校や先生方は、日々正常な学校運営に取り組んで、十分な効果を挙げているはずです。このような認識で、多くの正常で健全な学校に対して、一方的に「改革だ」「改善だ」と言って新たなノルマを課せられては「堪らない」と思いませんか。

　報道機関は、思いがけない事件や事故が起こると、誇大に報道します。少し意地悪く言えば、事件の報道を楽しんでいるかのように執拗に繰り返します。極めて稀に起こった事件や事故を、センセーショナルに取り上げることで、人々は多くの学校がそのような風潮に巻き込まれてしまっていると錯覚し、学校に不信感を持ってしまうことが少なくありません。

　もう一度言います。大多数の学校は、そして殆どの先生方は、熱心に、誠実に、まじめに日々の教育活動に取り組み、ちゃんと学力のつく指導を行って、保護者や市民に信頼されているはずです。しかし、正常に運営されている学校のことは、ニュースにはなりませんから、みんなが気づかないだけのことだと思うのです。

　私は毎年、数十名の学生の教育実習を各地の学校にお願いしています。わずか二～三週間ですが、実習を終わった学生たちは、それぞれの学校で、生徒たちとの接触を通して、教職の意義を感じ、大きく成長して戻ってきます。私の知る限り、大部分の学校は、正常です。そうでなければ教育実習などできるはずがないのですから。

　ごく一部の学校で例外的に起こった事件や事故に焦点を当てた改善策や改革の押し付けは、正常な学校にとっては負担を大きくするばかりで、返って歪や亀裂を生じさせることになりはしないかと案じられてならないのです。