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草戸千軒と亀山

 

 広島県福山市の草戸千軒町遺跡は、芦田川の河口に近い草戸町の河川敷の中にあります。ここは、河口に栄えた中世の港町、市場町でした。江戸時代の初めに洪水のために壊滅してしまって、人々の記憶から消えてしまっていました。この遺跡が発見されたのは、昭和の初め頃のことです。そして本格的な発掘調査が行われたのは、一九七三(昭和四十八)年からで、十八年の歳月をかけて行われました。

草戸千軒は平安時代に成立し、名刹明王院の門前市場町として発展し、江戸時代の初期に水害に見舞われて流失してしまうまで、瀬戸内海航路の中間潮待ち港として、また中国や朝鮮との交易船も絶えず出入りする港町として繁栄していました。ここは商業が基盤の民衆の町でした。ここでの発掘調査によって、中世の庶民の日常生活の様子を知る手がかりとなる貴重な遺物がたくさん見つかりました。中でも当時普段に使われていた数多くの陶磁器類がそのままの状態で出土したのです。これらのやきものは備前・瀬戸・常滑・美濃・唐津・伊万里・信楽等々、日本のやきものの殆どを網羅すると同時に、これらに混じって中国の宋・元・明の製品が大量に発掘されたのです。

中世の日本のやきものは、これまでに何回か説明したとおり、甕、壷、すり鉢など厨房で使う荒物が中心でした。毎日食卓で使う碗や皿など上手(じょうて)の食器類の多くは、ここでは輸入品の青磁や白磁がふんだんに使われていたのです。

今、この草戸千軒遺跡から発掘された多くの出土品の主なものは、福山城址の新しく建てられた県立歴史博物館に陳列されています。館内には草戸千軒の町並みの一部を実物大に復元した模型があって、中世の町に迷い込んだような錯覚をさせる趣向など、なかなか楽しい博物館です。

この博物館で、亀山焼きの大きな甕を見ました。口縁が欠けていますが、中には古銭がぎっしりと詰められています。せっかく溜め込んだお金を有効に使うことができなかった元の持ち主は、残念なことであったでしょう。

亀山焼きは、倉敷市の西郊、玉島あたりで平安時代中期から鎌倉時代にかけて、甕、壷を中心に、叩き作りで作られていて、表面にはリズミカルな叩き板の文様が残っています。製品は能登の珠洲のものに良く似た黒い須恵器系のやきもので、このあたり一帯に三〇基ほどの窯跡が確認されています。

六古窯
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